内藤 佑

元暴走族担当警察官の非行・ひきこもり専門カウンセラー

内藤 佑 29歳

小学校6年生の時に、目の前で水難事故(人命救助)により父を失い、命を懸けて子供を助けた父親の影響を受け、命を懸けて人を守る警察官になろうと決意し、19歳で警察官となる。

配属当初から、管内の非行少年の犯罪防止の為に非番や休日の時間を使い、彼らに会いに行き、自身が経験したPTSDやうつの実体験等を自己開示しながら対話し、信頼関係を構築する。

非行の解決方法を模索するとともに心理学、コーチング、メンタリズム等を独学で学び、日々彼らに実践していく中で、独自の更生テクニックである【リベラル更生手法】を作り上げ、非行少年の更生や保護者のカウンセリングに活用。

警察官としての在職期間の多くを、暴走族等の非行少年や保護者と関わり、今日までに対応してきた人数は600人を超える。

活動を続けていく中で、警察だけではなく、学校、家庭、地域、その他関係団体がより強固に連携をとりながら、子供たちを守り、育てていくネットワークの構築が、非行を根絶させるには必要不可欠なことを痛感し、警察官としてのやりがいを感じながらも、一度しかない人生をどのように生きていくことが自分にとって良いのかを考えた末、警察官辞職を決意する。

そして、警察官時代に培った経験を活かしていくことを決め、日本初の非行専門カウンセリング事務所「ラポール・トーク・コミュニティ」を設立し、全国で非行にはしってしまった子供やひきこもりに悩む問題を抱えるも、どうしたら良いのか悩み、苦しんでいる保護者や子供のカウンセリング及びコーチングを行い、更生や良好な親子関係の再構築をサポートしている。

内藤 佑(ないとう ゆう)

1987年生まれ 29歳

【出身地】 広島県

【活動内容】 非行・ひきこもり専門カウンセラー
       うつ病・PTSD専門アドバイザー
       TOPPING LABO専属セミナー講師

【活動範囲】 全国

【趣味】 キックボクシング・筋力トレーニング・旅行・映画鑑賞

【特技】 料理

【好きな歌手】 UVER world ケツメイシ

【好きな国】 台湾(留学先)

【座右の銘】 『Be your self,Stick to your guns』


≪経歴≫

【幼少期】
非常に好奇心旺盛
早朝からアポなしで友達の家に行ったり、夜中に一人で山へ行って昆虫採集したり等、今考えると軽く引く子供でした・・・

【小学校時代】
小学校6年の夏休みに、母親の故郷である長崎県において、海水浴中に溺れた兄弟を、父親が助けに行き、水難事故により父親を亡くす。
助けた子供の父親が言った「自分は泳げないから助けに行けなかった。」という言葉を聞き、子供ながらに「こんな男にはならない、周りにいる大切な人は全力で守る。」と心に刻む
その後は母親が女手一つで兄弟を養う(本当に感謝しています!)

【中学時代】
卓球部に所属
卓球やらずにプロレスやってた思い出の方が強い。当時の夢はプロレスラーと獣医
父親の死が受け止めきれず、PTSDとフラッシュバックに悩み苦しむ

【高校時代】
弓道部に所属
基礎体力作りのお蔭で-20キロ減。友達の輪も広がり充実した日々を過ごし、弓道は上手くないものの、部長を経験。
人間関係で苦悩する日々を送ることに・・・今となっては貴重な経験だと思っています。
高校二年の時に将来の仕事について真剣に考える。保育士か警察官で相当悩むも、警察官を選択し、現役合格目指すも不合格・・大学進学は考えていなかったため、専門学校へ進学することに。


高校時代に経験したこと→ボウリング(3級)・中国武術(初段上級)・極真空手

体力づくりを目的にトレーニングジムに通いだす。


【専門学校時代】
初じめての一人暮らし
クラスの半数以上がやる気のない人たちだった為、一年目で合格しようと決心
大した遊びもせずに勉強の毎日を送り無事に夢であった警察官に合格!!
当時競い合った親友も自らの目標であった消防士に合格し、春を待たずに中退。


この一年で感じたこと→努力は人を裏切らない

【警察官時代】
かけがえのない同期に出会う!!
年齢も違う人たちが喧嘩したり、泣いたり、笑ったりの生活を送り今でもかなり仲が良い!!

20歳の時に初めて出会った非行少年と接したときに、「非行を無くすことはできないのか?」と考え始める。

それからは、休日等の夜間に非行少年が集まる場所へ行き、子供たちと正面から向き合うことを繰り返し、接していく中で、心理学やコーチングスキルを独学で勉強し、600人を超える子供たちや保護者の方々と接していく中で、独自の非行根絶の考え方やコミュニケーションスキル「リベラルコーチング」を作り上げる。

警察官としてのやりがいや警察官という仕事の素晴らしさを時間しつつも、会社員を辞めて、起業した父の後姿を見て育ったことや、父の死により「自分の人生の終焉がいつ訪れるのかは分からない」ことを実感していることや、警察・学校・家庭・その他関係機関の強いネットワークの構築することや、その他の夢(日本と台湾の国際交流の活性化)を実現させるために辞職
し2014年にラポール・トーク・コミュニティを設立し現在に至る。