人の繋がりは大事、でも私はなぜか「人脈」という言葉が好きになれない
「あの人は人脈があるから、繋がっておいたほうが良いよ」「ビジネスは人脈がある人じゃないと成功しないよ」と言う人脈好きな人いますよね。でも、実際のところ、そういう人ほど怪しく見えたり、なんかせこいヤツだなー、と思うことはありませんか?
「人脈」という言葉がどうしても好きになれない
突然ですが、私は「人脈」という言葉がどうしても好きになれません。
「あの人は人脈があるから、繋がっておいたほうが良いよ」「ビジネスは人脈がある人じゃないと成功しないよ」といった意味で使われる「人脈」という言葉です。
誤解無きよう大前提としてお伝えしたいのが、「人のつながりなんて不要。誰とも関わらずに孤高に生きていけ」と言いたいわけではありません。
私も自分の望む人生を歩むために、多くの人の力を借りて生活をしており、その中で関わる人達との繋がりを大切にしています。
実際に、仮想通貨をはじめとした投資にあたっては、資産10億超えの資産家のコミュニティに属して情報やサポートを受けていますし、アフィリエイトサイトを運営するためにコンサルタントへ対価を支払っています。
また、出版やメディアに記事を掲載するために編集者のサポートを受けていますし、フルーツギフトショップ・肥後庵の運営には従業員のサポートを受けています。
どれもが他者の力を借りて初めて成り立つことであり、私一人だけで出来ることは極めて限定的です。
しかし、お付き合いをする相手を「人脈」などと思ったことは、これまで一度もありません。基本原則はあくまで「私一人」です。
自分が出来ないことについては、人の手を借ります。その代わりに、私も成果物やお金をその対価として支払い、相手にもメリットを提供することで「Win-Winの関係」を維持しています。
たとえば、メディアを運営する企業からは原稿料と、記事に「黒坂岳央」のクレジットを表記して貰う代わりに、私は読み応えがあり、そのメディアの繁栄に役立ててもらえるような「反響の取れる記事」を努力して提供します。
また、コンサルやサポートをしてくれる相手には、お金を払うのは当然として、「結果を出す」ことで、そのコンサルやサポーターの名声につながるように「お返し」しています。
相手と良好な関係を維持するためには、「約束を守る」のは当然として、出来る限り、先方が自分に持っている「期待値」を超える、そんな成果物を提供するために考え、行動を重ねています。
人のつながりは大事です。でも、「どちらかが一方だけ寄りかかる関係」など、ありえないと思ってしまうのです。
それが成り立つのは、未成年の子供と親の関係に限った話だと思います。大の大人が一方的に相手に依存する、なんて大変恥ずかしいことです。他人はあなたのお母さんではないのです。
対して、世の中一般で語られる「人脈」という言葉には、「人脈に頼れば自分の能力が大したことなくても、成功できる」というニュアンスをどうしても感じてしまうのです。
これが、私が「人脈」という言葉を安易に使いたくない、あまり好きになれない理由です。
人脈という言葉好きな人で本当にWin-Winの関係を構築しようという人は少ない
一方で、「人脈が大事」という言葉が100%間違っているとも思っていません。
たとえば、私は会社時代、入社時にある役員の男性に大変かわいがってもらったことで、数々のチャンスを与えてもらいました。
その役員との関係を「人脈」と呼ぶのであれば、人脈の力なくして得られない情報、仕事のチャンスなどは確かに存在します。
人脈を意識して人間関係を構築することは、うまく世渡りするための「処世術」と言えるのかもしれません。また、会社員だけでなく、独立した後も「お付き合い」から仕事を得て生活をしている経営者やフリーランスは少なくないでしょう。
しかし、問題は、「力のある相手に助けられている代わりに、自分も何か価値あるものを相手に提供しているかどうか?」ということです。
つまり、「Win-Winの関係」か、「依存的な関係」という違いです。
ところが、先述の通り、世の中一般で言われる人脈という言葉には、どうしても「依存的な関係」がニュアンスとして介在しています。
実際に「人脈」という言葉が大好きな人たちの大半は、「自分がないものを相手から得たい」「相手の立場から有利な何かを得たい」といったクレクレ君です。
たまに有名な人とお友達で「俺が~と言えば〇〇も応援してくれる」と自慢する経営者、「~と知り合いだから繋がったほうが良いぜ」と言う自称・業界人に会うと、言葉は辛辣ですが、とてもうんざりします。
じゃあ、あなたは一人で何ができるのか?と。
人脈抜きでWin-Winの関係を築けるかを考えられない関係に、そもそも発展など起こりえるのだろうか?と考えてしまいます。
私は本質的に人はどこまでいっても「基本は自分一人」だと思っています。これは決してネガティブな発想からそう言っているのではありません。
究極は、生まれる時も死ぬ時も一人が基本、それが本質だからです。
天は自ら助くる者を助くを実践する人の周りに人の輪ができる
更に、誰かがいないと何も出来ないのでは、「個の時代」である現代、これからの未来を生き抜くことは出来ません。
「天は自ら助くる者を助く」という言葉がその本質を物語っています。
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幸せになるためには、まず自分自身を救おうという気持ちを持たねば、何事も無しえないと。
「誰かが自分を救ってくれる」という他力本願な姿勢では、たとえ親切な人に手を差し伸べられたとしても、幸福は感じられないでしょう。
むしろ、感覚が麻痺してしまい、もっと深く自分を助けて欲しいという「依存的な思考」を深めることになってしまいます。
「人脈!人脈!」などといって消耗するヒマがあるなら、自分が相手に提供できる強みを持つことです。相手に一生懸命、価値あるものを提供していれば、逆に自分が提供してもらえる立場に立つことが出来ます。
「人の役に立ちたい、社会の役に立ちたい」そう考える人が一番人から救われ、気がついたら助けてくれる人に囲まれた「真の人脈」を持っていることに気づくでしょう。
私はこれまでも、そしてこれからも人脈の事は一切意識せず、関わる相手に価値提供することだけに注力したいと思います。(執筆者:黒坂 岳央)